第188号「事故のリスク」檀野清司

第188号「事故のリスク」2022.5.27配信

 知床半島で観光船の事故があり、連日ニュースで報道されています。 荒天の中出港し転覆、水温が低く、潮の流れも複雑で、生存者はなく、まだ行方 不明の方もいらっしゃいます。海のリスクの大きさを思い知らされる事故です。 今回の報道で、12年前の事故を思い出しています。私が責任者として運営を引き 継いだ青少年施設でのカッターボートの事故です。引き継いで2か月半、新体制を 整えつつある時期でした。梅雨前線が南海上にいました。午前中、注意報は出てい ませんでしたが、正午に大雨・雷・強風・波浪・洪水注意報が出ました。18時に 風向きが変わり強風になる予報でした。雨が降っていましたが、13時半から16時 までの2時間半のカッター訓練を開始しました。1時間ほど港内で漕ぐ練習をして 出港、30分後の15時に天候が急変、強風が吹いてきました。4艇のうち1艇から 体調不良者が出たと救助要請があり、私はモーターボートで救助に向かいました。 カッターに到着した時には、波は大きくなり、自力で帰れないと判断し曳航を始め ますが、曳航途中にカッターボートが転覆しボート中に取り残され発見できなかっ た少女が亡くなりました。カッターボートが転覆した時点で、119番に救助要請を 行ったので、残り3艇は警察と消防の船に最寄りの岸に曳航されました。事故原因 として、天候判断、曳航技術、運営体制、引き継ぎ、などがあげられました。県教 育委員会と事故報告書を作成する過程で、事故の状況、運営体制、スタッフの人間 関係、活動への考え方、を詳細に見直していきます。否応もなく自分のできなかっ たこと、足りなかったことに向き合います。海難審判と刑事裁判にも対応しなけれ ばなりません。海難審判は2回の事情聴取と3回の公判。警察の事情聴取は3年を 要し、毎年担当者が変わり、そのたび一から事故の状況、何が足りなかったのかを 追及されます。書類送検の次は、検察の事情聴取が2年、そして起訴、刑事裁判は 9回の公判に半年が費やされ、判決は禁固1年6月執行猶予3年でした。遺族への 対応も含め、謝罪と反省が続き、精神的に疲れ果ててしまいました。執行猶予が明 けたのは、事故から8年半を要しました。人の命の重さは、こういうことなのです。 「私の責任です。申し訳ありませんでした。」の後にこんなに多くの対応が待ってい ます。 海は、人が生きていけない世界で、小さなことでも死亡事故につながる可能性が大い にあります。 事故を軽く考えている人はいないと思いますが、「何とかなるだろう。」と思うことは あるのではないでしょうか? これからコロナの規制も少なくなり、気温も上がり、海の季節です。 コロナで空いた運営の感覚は戻っていますか? スタッフの技量は戻っていますか? 何とかならずに死亡事故が起こった場合のことを想像しながらプログラムの実施を 判断することが重要です。事故のない、体験活動にしたいものです。

CNAC理事/NPO法人国際自然大学校 檀野清司
2022年5月13日|キーワード:海、安全