第126号「再考・人間と環境」小池潔

第126号「再考・人間と環境」2017.3.31配信

先ごろ、今年2月インド洋フランス圏のレユニオン島の海岸でボディーボードをしていた男性がサメに襲われた事故を受けて、この島周辺のサメ駆除を呼び掛けたあるインスタグラムのコメントが大きな話題になった。
シャークアタック自体は他にも例は多数あるが、今回、特に賛否両論の意見がSNS上に飛び交ったわけは、このコメントの主が、サーフィンで11回もワールドチャンピオンに輝いた、あのケリー・スレ―ターだったからである。
彼自身は環境活動家としても知られており、海洋生物保護はもとよりオランウータンの保護の為にボランティアと協力して資金調達に協力するなど、多くの環境保護のためのキャンペーンを実践してきた。単に利己的に自分が楽しむための思いつきの発言とは一線を画すものだけに注目が集まったのである。
彼は言う。
『実際には、レユニオン島のサメの生態系バランスが良くなれば、サメやその他の海の生き物が繁栄する機会も生まれるのだ。これは私がサーフィンを楽しみたくて自分勝手な意見として言っているのではない。これは人間と環境の問題なのだ。私を非難してもこの問題解決にはならないだろう。私は今まで1度もサメを殺傷したこともないし、そうしようと努めてもいない。みんなが必要性の高いことを発言し、どこに向かうべきか一体となり共に進めて行こう。そうすればきっと何か良いことが起こるだろう』

これはお互いの立場のみを主張してSNS上で罵倒しあうだけではもったいない、海を楽しむための人間と環境の関係を考える上で避けられないテーマへの恰好の問題提起である。
有益な議論のためには、論争する相手への敬意と柔軟性がお互いに不可欠だ。
片やケリー・スレ―ターなら、もう一方もそれなりの敬愛を集める(ユージニ・クラーク女史並みの)レジェンドに登壇してもらい討論できたらどんなにいいだろう。

私が教師だったら、学生に双方の役割を配して模擬グループ討論をさせたい。
駆除派には、それではいったいどの程度、だれがどのように駆除することで効果を上げるのか、駆除することによる他への影響はどうなるのかを示す必要があるし、反対派には、サメの行動への理解のための解説、そもそもその海域でシャークアタックが起こるメカニズムや人為的原因の有無、サーファーの動きとの関連、駆除に依存しない問題解決のための根本的な方法の提言が必要だろう。
感情を排して、極力科学的かつ広い視野で徹底的に意見を出し合って議論を深めれば、ケリーのいう次の言葉が実現する。
『人間は地球上の生命にとって最大の脅威である。しかし人間はまた、直面している問題を解決する能力も備えている…』

数年前、宇佐美の海水浴場に(ちっちゃい)ハンマーヘッドシャークが紛れ込んで駆除に大騒ぎになったことがある。海水浴場としては死活問題だが、少し下って南伊豆、神子元島であればその群れをお目当てにダイバーが集まるのである。出所を間違えたハンマーヘッドこそ災難であった。
また今年も、各地でスノーケリング教室などが開催される。
シャークアタックほどのインパクトはないが、沖縄ではハブクラゲ、わが江の島でもアンドンクラゲなど気を付けなければならない危険生物と無縁ではない。
『サーファーは海に入る時に、今日死ぬかも知れないと知りながら入る。それがサーファーの選択』『シャークネット設置は反対』
昨年9月、そう語っていた少年サーファーが、オーストラリアのバリナでシャークアタックに遭って病院に搬送された。
自己責任で海に入るサーファーと、プログラムの為に参加者を海に案内する管理責任を負うわたしたちとは立場が異なるかもしれない。事故0をめざす私たちは、安全に海のプログラムを開催するためにはそれなりの対応が不可欠である。
但し、そのためには自然にどの程度手を入れることが許されるのか。その加減を見失うと海のプログラムは本末転倒になってしまう。やはり海に学び、危険生物には対症療法だけではない、根本解決へのメカニズムを知り、実践する努力が必要だと改めて思う。

CNAC元理事で、マリンスポーツの花、ヨット競技の日本代表だった松本富士夫さんに、「ヨットには、高いマストとのバランスを保つため、船底に長いキールがある。そのため、接岸するにはある程度深い水深を保つ人工のハーバーが必要だ。自然に手を加えなければできない活動をしている私たちこそ、海の自然体験が必要だと思っている」といわれて、江の島でのスノーケリングでご一緒させていただいたのが、私のCNACとの関わりの原点だ。
2020年、2度目のオリンピックがわが江の島にやってくる。
ただがむしゃらな時代だった前回から時を経て、私たちは環境と人間について多くを学んできている。はたして1964年とは違う、進歩した会場づくりになるのか否か。
環境と人間を考える、有益な議論無くしては果たせないはずの課題なのである。

CNAC副代表理事/マリンオフィス ムーンベイ代表 小池 潔

2017年03月21日|キーワード:安全,スノーケリング