第50号「団体名のことなど」小池潔

第50号「団体名のことなど」2010.11.26配信

実は、私が初めて見た海は、ある京浜工業地帯の港湾の中でした。玉虫色にオイルが広がる海面が重く上下するたびに、ひしゃげた輸入ビールの空缶が突堤の壁に当たってコツコツと音を立てる。高く太い煙突から煙がもくもくと立ちのぼり、低く垂れ込めた雲と同化して、どんよりとした鈍色を海に映している。子供のころ、街育ちの私にとって「海に行く」ということは、錆びて塗装のはげた大きなビットに腰掛けて、そんな海を飽きずに眺めることでした。

あるとき、すっかり暗くなるまでそこにいると、港湾施設内にたくさんの灯が点り始め、月明かりに照らされて、水面にいつもの風景が、束の間の美しさを湛えて浮かび上がりました。まだ小学生だったはずの私が、その日、なぜそんなに遅くまで一人で海を見ていたのかは思い出せません。ただ、汚水を銀の輝きに変え、漂流物を王冠の宝石のようにきらめかせてしまう、とデニス・ポッターの作中で語られた「月明かりのマジック」にしばしうっとりしていました。

独立して、今のダイビングスクール兼海辺の体験活動事務所の名称を考えている時、なぜか頭に浮かんだのはその風景でした。学生時代を沖縄で過ごし、きらめくエメラルドのイノーも、紺青のドロップオフでの悦楽のダイビングも幾度も味わってきた私なのに、トロピカルな海ではなく、他でもないあの日の工業地帯の海をイメージして「MOONBAY」という現オフィス名に決めました。どんな海にも素晴らしい瞬間を演出するあの月光にあやかろうという魂胆でしたが、それだけではなかったようにも思います。

たとえば美しい珊瑚礁での楽しみだけは享受する一方で、すでに鈍色にされてしまったの海のことは、もう考えることをやめようとしてしまっている自分に後ろ暗さを感じていたのかも知れません。ですから、後年、幻術じみた「月明かりのマジック」など使わなくても、白日の下で、本当に美しく映える海を再生し、次世代まで安全に楽しく過ごせるように伝えていこうという方たちが、いたるところで行動しているのを知ったときなど、生半可な私は心からの敬意を感じたものでした。

このたび、真に僭越ながら、セイラビリティ江の島の松本富士也前理事の後任として理事に就かせていただくこととなり、そんな皆様ともご一緒できることを光栄に感じ、楽しみにしております。私自身は、現在の地元、江の島にこだわり、その自然の素晴らしさを様々な分野で広く伝えていくことで、多くのものを与えてくれた海にささやかな恩返しをしていきたいと思っております。

団体名でいえば、『オーシャンファミリー』という名称の、海辺で仲間と笑顔で肩を組んでいるような爽快なイメージの語感はなく、『ワンパク大学』という楽しげで活動趣旨が一発で伝わる明快さもなく、『自然教育研究センター』というアカデミックで高尚な響きもない、なんだかぼんやりした語感の『マリンオフィス ムーンベイ』ですが、どうぞ皆様よろしくお願いします!

CNAC理事 小池 潔・NPO法人セイラビリティ江ノ島 マリンオフィス  ムーンベイ 代表 

2010年11月26日