第172号「愚公山を移す」西胤正弘

第172号「愚公山を移す」2021.1.29配信

 

その昔、中国に愚公という老人がいた。老人の家の前には山がそびえ、どこに行くのにも迂回しなくてはならない。とても不便なので山を移そうとした。そんな老人の姿を見て嘲笑する者もいたが「自分の代でだめでも、曾孫まで引き継いでくれれば必ず成し遂げられる」と言い、山の土を運び続けた。
その姿を見た天帝は愚公の心に感じ入り、その山を他の場所に移してくれた。「愚公、山を移す」のくだりです。この故事は、何事も根気よく努力を続ければ、最後には成功することのたとえです。
この秋、もじ少年自然の家は小さな愚公たちの力を借りました。

私たち、共同企業体が指定管理運営を受託している、もじ少年自然の家は北九州市門司区の周防灘側に面し、里山と干潟の海が出会う場所にあります。
施設の前にはイサンダの浜が弧を描き、スナメリが回遊する姿を施設のテラスから観察することもできます。また魚釣りや干潟遊び等、市民や入所者の憩いと活動の場となっています。
2020年は、コロナ禍の影響で施設を利用する団体や子どもたちの数は激減した年でした。7月まで入所規制をおこない、その後は施設の利用人数を半分に抑えて活動を開始しました。しかし、期待の夏休みも入所者は戻ってきません。ところがイサンダの浜には今年も招かねざる客が、きちんとやっ てきました。大雨、台風の後に押し寄せる漂着ごみです。

7月、大雨の後に、こげ茶色のゴミの島が周防灘の沖に姿を現しました。幅300M、長さは1キロほどもあります。中国・九州の山や町から流れ出た木々や葦、様々な人工のゴミが絡みつき、風や潮の流れで施設の前を右往左往しています。その姿はまるで巨大な生き物のようです。ゴミの島は東風に吹き寄せられイサンダの浜に上陸しました。
浜はうんざりするほどのゴミの山です。入所者や地域の方、施設職員の力で夏休み期間中になんとか浜辺を片付けました。そして9月の台風です。特に台風10号はカゼ台風で平均風速30M以上の強風が夕方から明け方まで吹き続きました。翌朝、浜辺は今まで見たことのない無数のゴミの山がありました。 浜辺にうち上がったのは瀬戸内海の定番ゴミ、カキ養殖のパイプです。風向から推測すると山口県の海岸に堆積していたパイプが海に流れ出し、西岸の北九州に一晩で流れてきたようです。このままにしておくと、また次の台風か大雨で違う海岸へ流れていきます。

ここで協力者が現れます。9月から10月にかけて、北九州市内の小学校が1泊2日で、もじ少年自然の家に入所してくれました。早速、引率の先生にお話し海岸清掃活動を子どもたちにお願いしました。
故郷の海の自然体験活動を楽しみにしてきた子どもたちは、累々と重なったゴミの海岸をみてびっくりしています。しかし、子どもたちがゴミやパイプ をこつこつと拾い集めてくれたおかげで、少しずつ浜辺に生気が戻り始めました。11月から地域のボランティアの皆さんも加わり、イサンダの浜はゆっくりと、もとの砂浜の姿にもどりました。

自然教室に来た子どもたちは、ゴミで汚れた海岸の姿を忘れないでしょう。でも、それでいいのかもしれません。故郷の海は、まだまだゴミであふれています。皆さんの思いと力があれば、いつの日か瀬戸内の海が美しい海岸線に蘇ります。きっと!

 玄海グリーン&アドベンチャー共同企業体 もじ少年自然の家所長 西胤正弘
http://www.moji-syounen.com/

2021年1月22日|キーワード:海ごみ、災害、体験